「池上彰の戦争を考えるSP~こうして戦争は終わり、戦後の復興が始まった~」を見た感想

録画したのを今見ました。
イラク復興や、クルド人への毒ガス攻撃も興味深いテーマでしたが、
やはり、なにより驚いたのは8月14日から15日にかけての、
日本のクーデター未遂事件。
これは私も知りませんでした。

玉音放送を阻止しようとする立場に立ってしまった元青年将校と、
その動きを抑えた陸軍東部軍の元副官の2人が66年の時を経て向き合った。

天皇陛下が玉音放送をレコードに録音。
それが流されたら戦争が終わってしまう。
それを終わらせないため、
戦争終結を阻止するため、
血気さかんな青年将校たちが、
そのレコードを奪取するためにクーデター。
凄い話です。

陸軍大臣 阿南惟幾は、
もとは戦争続行を望んでいたものの、
天皇陛下の御聖断により、戦争終結に移行。
ただ、血気さかんな青年将校たちは続行を求め、
阿南惟幾につめよるが、彼は拒否。

そこで、
東部軍管区 田中静壱大将 司令官
近衛師団 森赳中将 師団長
の両名を説得させ、その上の陸軍大臣 阿南惟幾を説得し、
天皇陛下をも説得させるという考え。

ここで、当時を知るふたりの方が出演。

当時34歳 現在100歳 佐々木榮一郎
東部軍管区 司令部の田中大将の副官。
陸軍主計大尉。
主計ということは、お金の管理を仕切っているわけですから、
そうとうな重役。
しかも34歳で大尉はすごい。
一兵卒の人が60歳ぐらいになって、
ようやく恩賞として大尉になれるぐらいですから。
そういえば、中曽根康弘元首相も、
海軍主計少佐でしたね。

日野原重明先生も100歳ですが、この方も100歳。
喋りもしっかりしていて、聴覚もしっかりしていて、
記憶もすごいという。
軍人出身は規則正しい生活、食事、運動をしているから、
やっぱり長生きするんでしょうね。
うちの祖父も元海軍で、92歳まで長生きしましたから。

当時21歳 現在87歳 相浦紀一郎
近衛歩兵第二連隊
第三機関銃中隊長 陸軍大尉。
この人なんて、21歳で大尉。
ものすごい超エリート。
しかも、昔の写真が掲載されるわけですが、
ものすごいイケメン。
当時、絶対もてたでしょう。
この人も、とにかく喋り、
カツゼツがしっかりしていて驚くきます。
87歳で、これだけ喋れるものなのかと。
記憶もしっかりしていて、頭もきれる。
鍛え方が違いますね。
しかも、元大阪商船三井船舶社長・・・
やっぱりすごい。

この時、すでに森赳中将 師団長が、
「今夜あたり何かあるから、気をつけておけ」と、
すでに予感はしていたんですよね。
終戦にむけての混乱時、
それを続行させようとするもの者がいることを感じとっていた。
さすが経験者。

クーデター計画が実行され、
まずは、東部軍管区 田中静壱司令官を説得するため、
青年将校がむかいます。
副官の佐々木榮一郎さんも、その場に同席。
青年将校が面会として入ってくるなり、
「馬鹿もん!貴様らの言わんとする事は、わかっとる!帰れ!」
と一喝。
青年将校を青ざめて、転がるように退出していったとのこと。
それがクーデター首謀者のひとり、畑中健二少佐。

いっぽう、他の青年将校たちは、
近衛師団 森赳 師団長を説得中。
畑中健二もそのさなか、ようやく現われ、
難航する説得の中、、
森赳 師団長を発砲して殺害してしまいます。

おそらくですが、
田中静壱司令官に一喝され、その帰り道の最中、
「もう我慢ならない、行動にでるべき、」という考えに達したのでしょう。
実力行為での殺害にいたったような気がします。
殺害された建物はわかっているのですが、
いまだに1階で亡くなられたのか、2階で亡くなられたのか、
わからないらしいです。
みんな口を閉ざしていたのでしょうね。
ニュースになるのでさえ、かなり後だったとのこと。
終戦まぎわですから。

森赳 師団長を殺害したことにより、
師団長の判子を奪い、ニセの命令を発令。
「宮城を占拠し、玉音盤を奪取せよ」

当時 近衛歩兵第二連隊
第三機関銃中隊長 陸軍大尉であった相浦紀一郎さんも、
おかしいとは思いつつも、レコードを探すことになったそうです。
命令は命令ですから。
そもそも森赳師団長が殺害され、
ニセの命令だなんて、夢にも思いませんから。
二大隊を宮城にいれての大捜索。
それでも見つからない。
じつは、乱雑に積んであった書類の下に隠されていたそうです。
これが本当に隠したものなのか、
偶然なのか、ちょっとよくわかりませんが。

東部軍管区 田中静壱司令官は、
少人数で青年将校たちのもとに向かいます。
大多数でおこなうと銃撃戦になる可能性もあるので、
本人と副官と、憲兵2人、下士官2~3人で向かい、
田中静壱司令官の迫力と怒声、一喝で静まり、
反乱青年将校も捕縛されたとのこと。
まさに奇跡的だったとのこと。
これによって、クーデターは未遂に終わりました。
これも凄い話です。

8/15の夜明け前、陸軍大臣 阿南惟幾が自決。
しかもすごいことに、この数時間前、
佐々木榮一郎さんが面会していたとのこと。

東部軍管区 田中静壱大将からの命令で、
阿南閣下が自決する可能性があるから、
どうやって自決するのか、聞いてこいとのこと。
佐々木榮一郎も、率直に阿南閣下に対し、
「阿南閣下 自決はどういう方法でやられますか?」
とストレートすぎる質問。
陸軍大臣 阿南惟幾はそれに対し、
「作法通り十字に切って、頸動脈を切る」
「介錯はどうしますか?」
「そんなものはいらん。
そんなうまく人の首切った奴はいないはずだ」
「あ~そうですか」
と引き返したそうです。
また、すごい話。
割腹自殺は大変なんですけどね。
いかに頸動脈を切っても、苦しかったことでしょう。
本当は介錯が必要なんですけど。

それらの説明を東部軍管区 田中静壱大将に伝えると、
「そうだろうな。
俺も阿南閣下みたいに、腹切れりゃいいんだけど、
なんだか痛そうだな」
と答えたそうです。

そして数日後、
東部軍管区 田中静壱大将も自決。
拳銃で自殺しようとして、
副官の塚本に
「俺の拳銃をもってこい」
と命令しますが、副官の塚本は自殺することがわかっているため、
「あれ?どこにいったでしょうね~?」
と、おとぼけ。
何度怒られても持ってこなかったそうです。
しかし、軍司令官の奥さんから塚本氏のところに電話がきて、
「可哀想だから拳銃を渡してやってください」と言われ、
仕方なく、拳銃をもっていってあげたそうです。
そして、数人の方に見守られながら自決したそうです。

ちなみに、
阿南惟幾陸軍大臣の息子、阿南惟茂は元中国大使。

最後にドナルド・キーン氏が、
マッカーサーのことについて、
凄い人であることは認めるものの、
人としては嫌いだということ(笑)
みんなが「We」と言っているのに、
自分ひとりで、なんでも「I」にするそうです。
かなり自分大好きな人のようですね。

全国民に見てほしい番組でした。
池上彰の戦争を考えるSP~こうして戦争は終わり、戦後の復興が始まった~:テレビ東京

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